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ブルテリアにはどんな種類があるの?と調べるには、その歴史も関わることがわかったので、まとめてみました。

まずは簡単に歴史から。(色んな資料は時系列に並べてなくて読みにくいので、時系列でまとめてみることにしました。)

1800年代
  ブルとテリアの犬種をかけあわせた闘犬用の犬が作出される
1835年
  闘犬がイギリスで非合法化される
1850年代
  イギリス、バーミンガムのジェームズ・ヒンクスさんによって
  「紳士のコンパニオンドッグ」として闘犬に向いているだけでなく
  外見もよい犬が作出される。
  (これが今日のブルテリアの起源だとされています。)
  ローチ・バック、角度のある(曲がった)脚、
  アンダーショット、といったような特徴は排除される。
  ホワイト・イングリッシュ・テリア(絶滅種)、
  ブルドッグ、スパニッシュ・ポインター、
  グレイハウンド、ダルメシアン(1860年代)というような犬種が使われた。
  他にもフォックスハウンド、ウィペット、ボルゾイ、コリーも
  使われたとも言われている。
1862年
  ヒンクスさんによって、"新しいタイプの"ブルテリアが初めてバーミンガムの
  ドッグショーに出展される。
1863年
  トイ、ミニチュアのクラスが初めて設置された
  インターナショナル・ドッグショーが開催され、
  「10ポンド(4.5kg)以下」クラスにヒンクスさんも出展する。
1870~80年代
  アメリカにホワイトのブルテリアが輸出される。
1887年
  イギリスで「The Bull Terrier Club」が設立される。
1888年
  イギリスの「The Bull Terrier Club」によって、
  ブルテリアのスタンダードが定義され発表される。
1891年?1895年?
  アメリカの「American Kennel Club」にてブルテリアが
  承認される。
1894年
  イギリスで犬の断耳が非合法化される。
  ブルテリアのブリーダーは約5年程度で断耳の必要のない立ち耳の
  ブルテリアを作出した。
  1930年にスタンダード上では立ち耳以外はFault-欠点-とされてた。
  アメリカでは1930年代まで断耳が行われていた。
1897年
  アメリカで「The Bull Terrier Club of America」が設立される。
1900年代初頭?
  カラードのブルテリア作出のために
  スタッフォードシャー・ブルテリアが使われる。
1900年代初頭?
  「12ポンド-約5.4kg-以上」がブルテリアとされ、それ以下は
  ミニチュアとされていた。
1909年ごろ?
  ブルテリアにおいて耳の聞こえない犬の数が増えたことをうけ
  ブリーダーが「English Kennel Club」に対して、
  聾犬をドッグショーで失格とするように要請をした。
1915年
  アメリカではブルテリアのスタンダードでは「12~16ポンド-約5.4~7kg-」
  のみが定義され、それより小さいものはトイとされていた。
1918年?
  ミニチュアの制限が「18ポンド-約8kg-以下」とされた。
1919年?1931年?
  カラードで初めてのチャンピョンが誕生する。
  Lady Winifred
1920年代
  アメリカではこの頃までトイ・ブルテリアが出展されていた。
1930年代
  イギリスでカラードのブルテリアが人気がでて
  (健康上の問題や形の問題からか?)
  ブリンドルやレッドが好まれた。
  Ted Lyonさんはカラードのブルテリアの質の向上に貢献したこと
  で有名。
1936年代
  アメリカのAKCにおいてカラードのブルテリアは、ホワイトのブルテリアとは
  別のVariety-種類-として承認され、ドッグショーでは別のクラスで
  出展される。
1936年
  アメリカで「25~60ポンド-約11~27kg-」がブルテリアとされ、
  それ以下はミニチュアとされた。
  (ミニチュア・ブルテリアはAKCに承認されてなかったが
  重さで分けられていた)
1938年
  イギリスでSir Richard Glynによって
  「Miniature Bull Terrier Club」が設立される。
1939年
  イギリスでKCによりミニチュア・ブルテリアが承認される。
  ここでミニチュアの定義はき甲までの高さが14インチ
  -約35.5cm-とされる。
  (高さにくわえて重さも20ポンド-9kg-までとされた、
  とも言われている。)
  ("interbred"は許可されていたが三世代まで"mini"ではなく
  "interbred"として登録するという制限がされていた)
1948年
  イギリスでミニチュア・ブルテリアで始めてのチャンピョンが
  登場する。
  Eng.Ch.Deldon Delovely
  (1873年のチャンピョンNelsonが今日のミニチュア・ブルテリアの
  初のチャンピョンとも考えられているが、1900年までは
  全てのサイズが同じクラスで出展されていた。)
1950年
  イギリスのTBTCではホワイトとカラードのブルテリアの交配に
  制限が設けられていたが、その制限がなくなる。
1950~60年代?
  ミニチュア・ブルテリアの重さの制限について制限がなくなる。
1956年代
  アメリカでブルテリアの重さの制限について制限がなくなる。
1963年
  アメリカでAKCによってミニチュア・ブルテリアが
  「その他のクラス」として承認される。
1966年
  アメリカで「Miniature Bull Terrier Club of America」
  が設立される。
1970年代
  イギリスでKCに対してMBTCが、"interbred"の第一世代から
  "mini"として登録できるように制限の撤廃を要請し、承認された。
1983年
  アメリカで消滅しかかっていたMBTCAがB.J.Andrewsによって
  活動再開する。
1987年
  イギリスでミニチュア・ブルテリアとスタンダード・ブルテリア
  の"interbred"をミニチュア・ブルテリアとして登録可能な状態が
  1970年代からここまで続いた。
1992年
  アメリカでAKCによりサイズの異なるブルテリアの二つ犬種として
  スタンダード・ブルテリア/ミニチュア・ブルテリアが承認される。

(年代が赤茶太字なのはミニチュア・ブルテリアに関する記述です)

~~ブルテリアにまつわる逸話その1~~
ヒンクスさん宅の18kgの女の子、「Puss of Brum」ちゃんが、Tupperさん宅の28kgのブル&テリア雑種のワンコと闘った際には、ちまみれの激しい闘いの後に勝利しました。後日、Pussちゃんは、Holbornドッグショーでレッドリボンを獲得しました。Pussちゃんは、強いだけでなく、グッド・ルッキン・ガールだったんですねぇ。ポ

~~ブルテリアにまつわる逸話その2~~
イギリスでポピュラーだったネズミ殺しゲームでは、ブルテリアは60匹のネズミを、たったの3分で殺しちゃったそうです。異国の鼠ギャー!殺さないデー!

~~ブルテリアにまつわる逸話その3~~
トイ・ブルテリアで歴史的に有名なPony Queenは3ポンド-約1.3kg-以下だったらしい。

種類まとめ:
ブルテリアには、スタンダード・ブルテリアとミニチュア・ブルテリアがいる。体高(き甲までの高さ)で分けられている。ホワイトとカラードがいる。

ということです。はー、長くなってしまった。
サイズとカラーについては別途でまとめることにしよー。

※出典は、カテゴリ「INFO:Source」にあるもの全てです。
  
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